スタッフ紹介

金山 敏治
院長

老人ホームの園長が治療院の院長になりました。あんまマッサージ指圧師・はり師・きゅう師です。社会福祉士・ケアマネージャー・福祉住環境コーディネーター・遺言執行士でもあります。

 

私は福祉系の大学を卒業後、高齢者介護の現場や裁判所等の仕事に従事してきました。介護現場や裁判所の仕事はしんどいことも多くありましたが、それ以上に人の温かさを感じることができる大好きな仕事でした。老人ホームでは園長も務めさせていただき、施設内外で多くの経験をし人との繋がりの縁もたくさんいただきました。何事もなければ、その仕事をずっと続けていたと思います。

 

私は今、治療院で仕事をしていますが、それは病気がきっかけでした。私は、30代前半に目の病気があることがわかりました。それは網膜色素変性症という進行性の難病で、治療法がなく目が見えなくなるという病気でした。私の場合は進行が緩やかだったので、40歳まで老人ホームでの仕事を続け、症状の進行や先のことを考えて40歳で退職し、鍼灸マッサージ師の資格を取得するために広島県立広島中央特別支援学校に入学しました。

 

3年間の学びは、座学も実技も無我夢中でした。先生方は視力状況に応じて丁寧に教えてくださり、学校の治療院では患者さんの心身から多くのことを学びました。休日も学びを深めるため研修会に参加したり、あんま天国はり治国の清水先生・升本治療院の升本先生に師事しあんまを学び、世界の治療家KEN先生からはKYTテクニックを、NHKためしてガッテン出演の大磯治療院・ほんあつ治療院総院長の長谷川先生からは治療技術指導を受けました。またこの間に妹と母おかげで米ぬか酵素風呂にも出会い、鍼灸マッサージと米ぬか酵素風呂の複合治療院を三次につくることを決めました。私にとっての3年間は、濃いキラキラした時間でした。

 

誰しもですが、大切な人や家族を病気で亡くしたことがあると思います。私も大切な人や家族を病気で亡くしました。その頃は何もできず悲しいばかりでした。鍼灸マッサージや米ぬか酵素風呂は、病気を治すということは難しいですが、病気にならないよう心身を整え今よりも健康に生活するお手伝いはできます。私やスタッフはそんなお手伝いがしたいんです。今であれば、大切な人や家族、そして自分自身のためにも何かできると思います。

 

患者さんのために自分に出来ることを丁寧に続けていきます。目の病気になったことはいいことではないけれど、病気になったから違う人生を歩む選択ができました。違う人生を歩む選択をしたからあきはもか治療院ができました。あきはもか治療院ができたから家族で一緒に仕事をすることができました。病気になっていなければ、治療院もないし家族で仕事をすることもなかったでしょう。これは病気になってよかったと思うところです。

 

家族や自分のことを大切にしながら、人のために仕事がしたい。そんな自分でいたいし、そんな「あきはもか治療院」でありたいです。



なっちゃん
看板犬


蓉子さん
看護師・食彩職人


忠之くん
米ぬか酵素職人


トップへ戻る